津曲先生のコラム

著者:津曲茂久 元日本大学生物資源科学部獣医学科教授 元日本大学動物病院長 湘南健康長寿研究会:代表副理事 

日本獣医学会理事 博士(獣医学) 獣医師。専門は獣医繁殖学。

大学教員を退職する前から藤沢市においてこども食堂支援、社会福祉協議会活動、高齢者への健康長寿講演を行っております。

コラムの内容は健康長寿の講演会でお話した部分のダイジェストです。

 

 

働いた時間と退職後の使える時間は同じ

終戦直後の昭和20年頃の平均寿命は何と50歳でしたので、戦後の男性の退職年齢はほぼ死亡年齢に近かったことが分かります。従って、サラリーマンが会社を勤め上げて退職金で家を建てると暫くしてから大黒柱が亡くなるというのは普通のことでした。今でこそ住宅ローンを借りて家を建てるのが普通ですが、戦後はそのようなシステムはなかったようで、大黒柱が折角建てた新築の家に住むのは短期間だったようです。戦後75年間に平均寿命は男女とも30年間以上延長しましたので、男性は81歳、女性は87歳まで生きるようになりました。従って、この延びた退職後の人生を如何に使うのか、多くの人は戸惑っているのではないでしょうか?

楠本新さんが書いた「定年後」という本に興味深いことが書いてありました。一般社会人として年間休日数は120日を超えることから、社会人は年間245日程度働くことになります。20歳から60歳まで40年間で働く時間は、1日8時間x245日x40年=8万時間だそうです。一方、男性が60歳から20年生きると仮定すると、使える時間は、1日11時間x365日x20年=8万時間となりますので、働いた時間と退職後の使える時間はほぼ同じということになります。退職後に自分は仕事をやりきったのでのんびりと過ごすという考えは実にもったいないことです。退職後は余った「余生」ではなく、誉れの「誉生」を目指して社会や家族から必要とされる役割を果たせるように、まさに第二の人生を生き切りたいと思います。

要は1日1日を充足・満足して生きているのか否かが問われるのが、現代の高齢者の役割と言えます。そのためにはまず、健康長寿の生活の知恵を日々学びたいと思います。願わくはこの世に生まれた使命を果たした後に「ピンピンコロリ」です。

 

 

「動脈硬化症とその対策」

年齢とともに高血圧になる傾向がありますが、その原因は動脈硬化症と血管狭窄です。その結果として、脳梗塞、心筋梗塞、慢性腎炎等を引き起こします。血管の弾力性が失われる原因は血管壁のコラーゲン(蛋白質)が糖と結合するために血管弾力性が失われるからです(高齢になるにつれ高血糖になることが原因?)。また、酸化された脂質を多く摂取すると白血球が血管壁に酸化脂質を取り込むことにより血管壁が肥厚し血管狭窄を起こし、血管壁の脆弱化し、出血による血栓(血の塊)の原因となります。高血圧患者の多くは降圧剤を処方されますが、降圧剤を飲んでいる人が飲んでいない人より5倍も多く脳梗塞になるという報告がありますので、注意が必要です。少なくとも、重度高血圧の方は降圧剤を飲む必要が有るのは間違いないと思われますが、現在、降圧剤を飲んでいる方は飲んでいるから安心するのではなく、降圧剤を減らすために生活習慣病の原因となっている食生活や運動不足などを改めるべきです。

コレステロールは悪者の代名詞になっていますが、最近コレステロール値の高い人が低い人より全死亡率は低いという報告が出され、日本動脈硬化症学会と日本脂質栄養学会との間で大論争になっています。

日本人の2人に1人はアレルギーを有するとされていますが、その原因の1つとして酸化脂質の問題があります。サラダ油は食用油として家庭で最も使われていますが、サラダオイルは高温で酸化されやすい特徴がありますので、出来たら酸化されにくいオリーブオイルや米油(ライスオイル)を使用するのが適切と思われます。食用油容器をコンロ脇に置くと、温度が10度上がるだけで酸化は2倍進みますし、透明な容器に入った油は光による酸化も受けます。出来たら天ぷらには有機溶剤米油(サラダ油よりやや高い)、炒め物ならコールドプレス米油(高い)やオリーブオイル(高い)がベターです。

 

 

「健康長寿を伸ばす社会的・個人的意義」

健康寿命を延ばすための秘話の連載を始めました。その第4回目は「健康長寿を伸ばす社会的・個人的意義」です。

健康寿命とは寝たきりや週1回以上の病院通いのない年齢とされております。数年前の平均寿命は男性80歳、女性86歳となっており(現在は1歳延長)、その時の健康寿命は男性71歳、女性74歳とされ、病気を抱える期間は男性9年間、女性12年間に及ぶとされていました。さらに平均死亡年齢(半数が亡くなる年齢)は男性で86歳、女性では92歳とされており、病気を抱えて生きる期間はさらに長くなります。

病気を抱えて一番辛い思いをするのは本人ですが、介護する家族も大きな負担を強いられますし、9割の医療費や介護費を負担する社会の責任も大きくなります。75歳以上の高齢者の医療費は1人当たり年間91万円とされております。1割は本人負担ですが、5割は国からの税金、残り4割(約35万円)は現役世代からの仕送りで賄われています。

戦後生まれの団塊世代が全員75歳以上に達する7年後には現在より医療費が16兆円、介護費は10兆円も多くなるという試算があります。消費税1%増税による国の税収は2兆円とされておりますので、増加分の26兆円だけでも消費税13%に該当します。

従って、高齢者が健康寿命を延ばすことは高齢者自身の幸福と生き甲斐だけでなく、現役世代の負担を軽減し、次世代への借金を減らすためにも必要性なのかも知れません。

 

 

「血管年齢を改善する方法」

健康寿命を延ばすための秘話の連載を始めました。その第3回目は「血管年齢を改善する方法」です。

血管を強くする食生活は①低塩分、②低血糖、③善玉のHDLコレステロールを増やすことである。塩分を上手く減らすには、ダシを効かせたり、ねぎ・ショウガのような薬味や、コショウのような香辛料、シソ・バジルなどのハーブも活用すると、低塩分でも「味が薄い」と感じない。

高齢者の7割以上を占める糖尿病もしくは高血糖症を予防するには、1回当たりの食事の炭水化物を2割減らす、野菜を先に食べてからご飯を食べる、ご飯には雑穀を加える。善玉コレステロールを増やすには納豆、ねぎ、お茶、魚、海藻、きのこ類、野菜、酢などバランスの良い食事を心がける。

最後に運動として有酸素運動を取り入れる。有酸素運動にはウォーキング、ジョギング、ストレッチなどがあるが、運動の目安は心拍数を基準にする。60歳代なら120回、70歳代なら113回を目安とする。何故なら有酸素運動を行うと血管内皮から一酸化窒素(NO)が放出され、血管を拡張し、血圧を低下させるからである。ウォーキングとしては歩幅を広く、かかとから着地し、腕を直角に振りながら、通常の歩きの1.5倍の速度を目指す。具体的には10分間速足、10分間普通歩きを数回繰り返すのが最も無理がなく効果的とされている。

 

 

「腸内細菌は免疫力の源」

健康寿命を延ばすための秘話の連載を始めました。その第2回目は「腸内細菌は免疫力の源」です。

 

「腸内細菌」とは、ビフィズス菌、乳酸菌、大腸菌など腸の中に住みつく細菌のことである。現在、人の腸管には500~1000兆個いると推定されている。人体の細胞総数は34兆個といわれているので、これとは比べものにならないほど多い。消化管には全身の7割の免疫細胞が集中しており、消化管の腸内細菌の質は体の免疫力を左右する。健康な人の腸内細菌にはビフィズス菌などの「善玉菌」と病原性大腸菌などの「悪玉菌」、どちらにも属さない「中間型」が2:1:7の割合で存在する。健康な人の腸内細菌は善玉菌が多いだけでなく、多様性(種類が多いこと)と細菌数が多いのに対して、不健康な人の腸内細菌は悪玉菌が増加し、多様性と細菌数が低下することにより消化力だけでなく免疫力も低下する。腸内細菌のバランスを崩す要因は食生活の偏り、過酸化脂質の大量摂取、ストレス、睡眠不足、高齢化などである。

 

菌の総重量は1人分で1.5kgもあり、この重さは肝臓とほぼ同じである。ウンチの5~10%(1/3)が「腸粘膜の細胞」である。「古い細胞がはがれ落ちる」というのは、皮膚で垢ができるときと同じ仕組みである。腸の中では連日10g以上の“垢”が発生する。ウンチの5~10%(1/3)は生きた腸内細菌からなり、残りの5~10%(1/3)が食べかすである。

 

 

 

安倍首相が総理一期目に罹り、退任の原因となった潰瘍性大腸炎という自己免疫疾患がある。現在では比較的効く薬もあるが効果には個人差がある。この潰瘍性大腸炎患者に2週間抗生剤を投与した後に、健康な人の糞便100~200gを採取、溶解した糞便を、肛門から内視鏡で注入したところ、8割の人が改善又は治癒したという報告がある。自己免疫疾患にも腸内細菌叢が関係している証拠である。

 

 

「健康寿命を伸ばしたいあなたのために!」

健康寿命を延ばすための秘話の連載を始めました。その第1回目は「癌は免疫力の低下で発症する」です。

癌を含め病気は基本的に「免疫力」の低下により発症する。免疫力を低下させる最大要因は睡眠不足、過労、ストレスであり、特に睡眠不足は入眠後3時間に産生される「成長ホルモン」を抑制する。その結果、正常なら毎日3千~5千億個の細胞入れ替えが、睡眠不足により減少する。従って、睡眠不足や過労は細胞寿命の極めて短い免疫細胞や消化管細胞の再生力の低下をもたらし、免疫力を低下させる。

健康な人の免疫細胞は細胞の入れ替えの際に発生する1日3千個の「癌細胞の芽」を完全に消滅する力があるが、免疫力の低下した人の場合、「癌細胞の芽」を見逃してしまうことがある。通常、1㎝の癌の塊に達するには10年掛かるとされており、早期発見が望まれる所以である。ある程度成長した癌は免疫細胞の機能を抑制する物質を産生して増殖を速める(細胞なのにずる賢い)。ノーベル賞を受賞した本庶佑先生が開発した「オプジーボ」は癌細胞の免疫抑制作用を阻止することにより抗がん作用を発揮する薬であるが全てに効くわけではない。
癌告知において“超前向きな人”の10年後の生存率は80%、“絶望した人”は何と4年後で20%だけという報告がある。癌告知における寿命は「心」で決まる言われる所以であり、心と免疫細胞との関係性は想像以上に高そうである。